『新聞記者』は凄い映画だった!
粗筋 内閣肝入りの大学新設情報のリークを追う東都新聞社会部記者、吉岡。政権擁護の世論工作に葛藤する内閣情報調査室官僚、杉原。二人はある官僚の死を別々に追う中で出会い、協力を開始する。その中で見えてきたのは、内閣の巨大な陰謀だった…。

 10か月前の公開直後からきな臭さ芬々だったので敬遠してたんですが、日本アカデミー賞+リバイバル上映とブーム再来したのでこれを機に鑑賞。観てなかったことを後悔する出来でした。

①(アメリカの)記者映画
 政府の陰謀を追う記者とリークする高官…と来ればウォーターゲート事件を扱ったパクラ監督の名作『大統領の陰謀』が先ず上がる。近年でも『スポットライト』『ペンタゴンペーパーズ』が記憶に新しいが、これらの記者映画で重視されるものは何か。それは「事実」の積み重ねである。
 大統領の陰謀では、盗聴事件を追う2人の草稿は徹底的にチェックを入れられる。編集長に見せても薄い、証拠が足りない…と只管に突き返される。何故なら報道には反駁の余地のない正確性が求められるから。ブッシュの徴兵逃れを扱った『ニュースの真相』は、99%黒だったのに、あと一歩が詰められず反撃を食らいテレビ記者達が敗北していく映画だった。

②『新聞記者』のお仕事:前半
 一方、今作の記者吉岡は何をするのか…。ツイートである。「政府は~社会は~であるが、皆さんはどう危機意識を持つのか」。!????彼女は一貫して「意見」を発信することを仕事と捉える節が見られるが…社説なら兎も角社会部記者の仕事かこれ?
 関係者をリストアップして手製の資料を作る、ポストイットに意見を書き出し思考を整理する…と吉岡が頑張っている風景もあるが、それは仕事の前段階だろう。記者の仕事はネタの裏取り。たった10年前の邦画『クライマーズハイ』でも(元ネタの『地獄の英雄』でも)「チェック、ダブルチェックだ!」と言っているのだが…。
 更に恐ろしいことに、吉岡の父は誤報を糾弾されて自殺している過去がある。このネタは後に政府側の圧力に利用されるのだが…ちょっと待てよおい。お前憧れの父親が誤報騒動で自殺して、彼のモットーを胸に自分も記者してるのに、それでも裏取りを重要視せんのな?サイコかよ。

③『新聞記者』のお仕事:後半
 ツイート暮らしに忙しい吉岡だが、運は彼女に味方したようでトントン拍子で調査は進む。杉原の外務省時代の恩師神崎の死を知る→杉原に会って速攻信用されて学校新設ネタリーク→神崎の遺族に一顧の礼で信用され部屋に上げてもらう→その場で陰謀ネタゲット、と記者RTAをこなしていく。
↓↓↓↓↓    ここからネタバレ     ↓↓↓↓↓
 吉岡が学校新設実務者を足止めする間、杉原が彼のオフィスから極秘資料奪取に成功(これもまたド級にお粗末。軍事生体実験施設というヤクネタ中のヤクネタを鍵のかけていない部屋の、鍵のついていない引き出しに、その場で中身確認できる紙資料、おまけにプロジェクト趣旨までご丁寧に記した企画梗概の形で保存するかね?)。
 さて、映画が始まって1時間半で漸く初めての裏取りが起きた。しかし杉原が持ち去ってきた資料は20~30枚程度のぺら紙一部のみ(『ペンタゴンぺーパーズ』のマクナマラ文書は、段ボール箱に山積みの量)。
 これを社会部局長は「誤報だと潰されるだけだ」と至極もっともな反論をしてくる。この場合どうすればいいか。再度引用するが、『大統領の陰謀』ではリーク源のディープスロートはこう諭す…"Follow the money."(資金源を追え)。
 大規模施設の建設が承認段階に入っているのだから、当然それに向けた準備は進んでいる筈。土地・モノ・人員全てが大掛かりになるのだから、つれて不自然な金の動きは発生する。それらを具に追えば、政府側がいくら口先だけで否定しようが事実は実証される…。だが吉岡は想像の上を行く。直ぐに記事を書き始めるのだ。
 彼女はPC前で指体操をし、ゲラ原稿の赤を編集局員と相談し画面とにらめっこ。中身の精査は一切行われぬまま紙面は刷り上がり、彼女はやり切った顔で翌朝を迎える…。そんな雑記事に黒幕は「よく書けている…」とファンTELしてくるし、馬鹿しか居らんな!

④内閣情報調査室のお仕事:前半
 では杉原の方はどうか。リークされる側ではなく、リークする側の映画で言えば、同じくウォーターゲート事件を扱った2017年の『ザ・シークレットマン』がある。この映画ではFBI副長官マークフェルトが、ニクソン陣営のあの手この手の捜査妨害に対し、内部スパイの洗い出しや切り崩し工作を展開し司法権の独立性を守り切った。
 ところが今作は一味違う。杉原の仕事はツイッターでのデマ拡散、関係各所への回覧板、デモ参加者のリスト作り…。幼稚過ぎない?外務省エリートだったのに配置替えでこんな窓際仕事回されたら、そらリーク側に回るよ。
 おまけにこの内閣情報調査室、錆浅葱色のオフィスにPCがずらーっと並び、工作員が眼鏡をディスプレイの反射で光らせながらPCカチャカチャ…。「1984」の時代で感性止まってんの?

⑤内閣情報調査室のお仕事:後半
 そんな杉原も極秘資料奪取で初お手柄!ところが唯一の常識人、社会部局長に「誤報だと潰されるだけだ」と反論される。そこで彼の放った言葉が…「その場合は、私が実名を公表します」。
 …?…???お前が名前を出したら物証のランクが上がるの?マークフェルトは部下の捜査員が調査を続けられるよう、内外の政治調整をするという具体的な仕事してたよ?え、覚悟見せたら何か変わんの????もっと別筋当たるとか、内側の人間なりの証拠集めしないの????

⑥米国は事実を、日本は情緒を
 散々手垢のついた文明論になるが、上記の気質の違いが日米の間にはあるという。今作、吉岡も杉原も作劇上必要のない人物背景がだらだら提示される。吉岡父の話に加え、杉原の愛妻家ぶりが都合7~8回ほど描写される。
 少々残酷な物言いになるが、二人は自己陶酔に浸っているとしか思えない。亡き父の意志を継ぐ私、妻と嬰児を抱え正義と生計の板挟みに苦しむ俺…。これ、要る?松坂桃李の自殺を匂わすエンディングに日本が涙したらしいけど、自殺先輩の神崎と言いお前ら死に際に恨み言述べるよりリーク万全にしろや。それが何よりの復讐だろ。

⑦原案『新聞記者』
 作品に漂う自己陶酔感には訳がある。この映画の原案は17年に角川新書から発売された記者の自伝にある。併せて読んでみたのだがこれもまた珍品。政府へのどす黒い不信と(身勝手な)使命感に満ち満ちており、熱量が凄まじい(彼女のグルーヴに同調する人ならドはまりするのも分かる)。
 著者の言行はyoutubeで「望月衣塑子 菅 会見」で検索すればいくらでも確認出来るが、兎に角結論ありきで対話の意志を見せない。新書を始め多くのメディアに露出しており、記者としてのスタンスは事実の調査ではなく、意見の押し付けにある。古き良きブンヤ像とは、もう根本的に相容れないのである。

⑧結びに:映画製作陣への賞賛
 ボロクソ言ってきたでしょ?でも褒めて〆ます。
 この映画凄いですよ。記者映画としても陰謀内部映画としてもまるでゴミ、でも森友加計問題、官僚自殺、改竄と圧力、伊藤詩織レイプ騒動、アベガー、そして何より「仕事に苦しむ俺私」と2019年の日本人が留飲を下げたい要素全部詰まってるんすよ!!
 恋愛もスリルもアクションもドラマもない、カメラワークはハンディカムで無駄にグラグラ。無い無い尽くしなのに、ネタ詰め込んだだけで興行も批評も大成功ってとんだカルト映画でしょ。

 これを企画したプロデューサー、承認した上層部はとてつもなく有能です。これだけ戦略的にビッグコンテンツを作れるのだから、邦画の未来は明るい。
                          

コメント

シグマ@dj-SIGMA
2020年4月7日8:49

俺もアベガーの1人ですけど、それは自分を含め「仕事に苦しむ日本人」を誰よりも積極的に産み出してきたのが安倍政権だから。共産党員に負けた渡邉美樹を比例復活させ、過労死遺族に向かって堂々と精神論語らせるような政権を信用するのが無理。

・・・問題は左派とかリベラルの主流派が極端な弱者、極端な貧困層、極端なフェミだけと繋がってて、それなりに必死に生きてる大多数日本人と相容れなくなった事です。
自民党は所詮1%の金持ちのための政党ですが、望月記者ら左翼は1%の弱者だけしか助けようとしない勢力に見えますね。

M中
2020年4月7日22:01

 そちらにコメントしに行った時にも言及しましたが、マイケルムーアの映画はシグマさん気に入ると思います。この監督も極端な弱者は敢えて見捨て「普通に頑張ってる中流層が貧困に落ちていくのはおかしいだろ?」というスタンスを取っています。
 一先ず「シッコ」「キャピタリズム」の2本をお勧めします。

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