「アラジン（２０１９）

粗筋　砂漠の王国アグラバーに住む青年アラジンは、心優しき盗人。お忍びでバザールに来ていた王女ジャスミンを助け、もう一度会うべく向かった王宮で奸臣ジャファーに捕らえられる。「貧乏人では王女と結婚できない、ならばそれだけの富を得れば良い」。話を持ち掛けられ向かった洞窟で見つけたランプを擦ると、煙と共にランプの魔人ジーニーが現れた。

　目下大ヒット中の実写アラジン、「実写ならではの強み」を活かせているところが特色です。監督のガイリッチーはホームズ以降スタイリッシュなアクションで注目を集めてきました。チャキチャキしたコマ割りとスローモーションによる派手な映像美が特徴でしたが、今作は寧ろ編集に頼らない、それもワンカットの長いアクションが売りでしょう。冒頭、アラジンは警吏に追われるも華麗に逃げ去ります。ポールや壁、塀などの高低差を用いパルクールに近い移動を取る際も、そこまでカットを割りません。ディズニーアニメがもともとミュージカルに近いためでしょうが、それだけに躍動感が出ます。ミュージカルと言えば、実写オリジナルのダンスも見物。収穫祭でジャスミンに良い処を見せようと踊るブレイクダンス、そしてEDクレジットでのラップ版friend like meのワンカット演舞。大人数の人間が、一斉に、長時間踊る。それだけでアニメには絶対に出せない映像になります。


　とはいえ、アニメにしか出来ないものもあります。それは表情と仕草の誇張。（ガイリッチーが元々そんなに会話の間の取り方が上手くないというのもありますが）今作はアニメアラジンが元来持っていたコミカルさは大幅に下がっています。ウィル・スミスは元々コメディ畑の人間なので彼の出るシーンは良いものの、ディズニーアニメの大きな魅力である動物サイドキックは実写化したことで魅力が下がりました。アブーは猿、イアーゴはデカいオウム、ラジャーは虎です。相棒とは呼べない。

　しかしそこで終わらないのが今作の素晴らしい処。アニメアラジンではジャファーの手下イアーゴが大きな役割を果たしていましたが、実写化によって自由に動かせなくなった。それによって却って、ジャファーが自ら立ち回る展開が増え敵役としての厚みが増しました。実写アラジンでは、ジャファーは変装などせずアラジンの前に現れ、任を下す際に自分の来歴を教えます。「私もまた昔は、お前と同じ盗人だった。コソ泥は罰せられて終いだが、国を盗むならば英雄だ」と。実写版において、ジャファーはアラジンの鏡像なのです。この設定は非常に美味しい。何故なら、共感の余地のない極悪人は̪ノータイムで倒せますが、主人公のダークサイド的存在は理によって糾弾できない。だからこそ主人公は相手の主張に葛藤し、それを乗り越えることで成長を迎えられるからです。敵によって野心を植え付けられ、それがため失敗を犯し事態を悪化させる。己の過ちに気付き悔いることで人格的陶冶を迎える。これこそが映画ではないでしょうか。


　更に素晴らしいことに、今作はオリジナルから27年を隔て時代の変化を作品に取り入れており、単なる再生産に留まりません。1つは女性の自立の視点。アニメジャスミンは傍目には強い男（＝ジャファー）より更に強い男（＝アラジン）の庇護に入るという構図を取っていました。一方、実写ジャスミンは王女から女王へと成長します。ジャスミン役ナオミスコットの唄う新曲「speechless」は父権・男性優位社会で黙殺される女性の怒りを訴えるもので、今作でも評価の高い一曲。ラストではアニメ版の「アラジンとの結婚を認める」から大幅に変え、「お前を次の国王とするから、国王が自由に法を変え彼に求婚するが良い」としています。女性に対しYou are the next Sultan.って中々イスラム圏にケンカ売ってますよね？

　もう一つの変化は、ジーニーの描き方とそのラスト。実写アラジンでもジーニーは最後に解放されますが、旅立つのは二人です。アラジンとジャスミンの仲を取り持つ際に協力を得た侍女のダリア（白人）と共にです。アニメジーニーは何故青いのか？黒い肌では黒人を想起させるからです。しかし実写アラジンでは人間モードのジーニーは黒人です。アラジンはランプを擦り、「君を自由にする」と告げます。解鎖された黒人が白人女性と子を成し、世界を自由に渡っていく…。荒唐無稽なファンタジーの筈なのに、このシーンだけは不思議と胸が締め付けられます。それは「南部の唄」で「解放宣言以降、世は全てこともなし！」とうすら寒い自由を描いたディズニー自身が、かつての過ちを認める描写を取るからでしょうか。

　実写の強みを活かし、性差人種差を見据えて。きちんと考えこまれた、とても好感の持てる一作でした。