粗筋 温暖なカルフォルニアで飼われてきた犬のバックは巨躯ゆえに悪党の目を惹き、誘拐されてしまう。連れて来られたカナダで、そり犬として使役される中でバックは野生での生き方を学んでいく。幾人を経てたどり着いた最後の飼い主は、心優しき老落伍者のジョン・ソーントンだった。
感想 ぶっちぎりワースト。『9人の翻訳家』なんて目じゃない、怒りを覚えるクソ映画。
①犬可愛い
これは認めます。監督はクリス・サンダース。80年代に暗黒時代に陥ったディズニーを「美女と野獣」「アラジン」「ライオンキング」などの原案で復興させた人。「リロ・アンド・スティッチ」を監督し大ヒットさせたほか、ドリームワークスの下では名作の「ヒックとドラゴン」「クルードさんちの始めての冒険」を手掛けるなど、アニメ界のレジェンドです。
ジョン・ファブローの「ジャングルブック」「ライオンキング」に見られる通り、実写の人間と(役者の演じる)CGの動物を組み合わせる手法をディズニーは取ってきてますが、今作もその路線を踏襲。
ところが先2例に比べて、今作の動物はとても愛嬌があります。嬉しい時は跳ねるようにドタバタして動き、困る時は眉根を寄せ口角を半開きから少し閉じる。注意を向ける時は首を大きく反らし、飼い主の顔色を伺おうと目をきょろきょろさせる。ファブロー版の実写映画はリアル路線なだけに、元のアニメ映画が持っていたコミカルさを大幅に減じました。今作は意識的に差別化を図っていましょう。
動物の種類が少ないのもありますが、犬ぞり編でも犬種をばらけさせ個性を出すことに成功。実写「ライオンキング」のラストバトルにおける、「ライオンとハイエナがわちゃわちゃやってるけど見分けつかん」絵面とは雲泥の差です。
②ジャック・ロンドン作品の面白さ
ここからは原作について論じます。ジャック・ロンドンの代表作「白い牙」「野生の呼び声」において、(狼)犬は「思考」しません。犬にあるのは痛みと快感、経験と観察、突発的で原始的な感情だけで、その連なりで行動しています。この自然主義の極致とも言うべき文体だからこそ表現できること…それは生きることの厳しさです。
原作「call of the wild」において、様々な厳しさがあります。凍てつく大地、骨がひしゃげるそり引きの過酷さ、壮絶な飢え、食い殺さんと隊を襲ってくる狼や野犬…。自然の中には愛や思いやりなどの冗長さは存在しません(そり引きのブラック労働ぶりも、事業者たちが強欲なのではなく荷の重量と行程の最適効率なのです)。
何故ここまでリアリズムを突き詰めるのか。それはジャック・ロンドン自身の境遇が反映されているからです。彼は作家になる前、貧農・放浪・ゴールドラッシュ・乗組員など過酷な実体験をしてきています(アメリカの作家では「白鯨」のメルヴィルや「二十日鼠と人間」のスタインベックなども居る)。ゆえに、自然の中で生きる現実を彼は知っていた。
③改変=悪ではない
先に断っておくけれど、全て原作に忠実にしろとは言いません。尺の都合もあるし、時代の要請もあるでしょう。今作にだって良い改変は沢山あります。
一つはジョンとバックの邂逅。二人が一緒になる前に2度僅かな交流があることで再会が運命づけられます(どことなく『ベン・ハー』のジュダ×キリストを思わせる構図)。
ジョンが死ぬ下りを、インディアンによる虐殺ではなく強欲なゴールドディガー、ハンとの闘いにしたのも良改変です。こちらの方がサスペンス展開になるし、何より『ピーターパン』の土人描写が批判される時代に首狩り蛮族は出せませんからね。
しかし原作の、引いて言えば作家性の核とも言うべき要素をないがしろにする改変だけはありえません。
④イージー犬生活
先述した通り、そり引きは過酷です。寒さに耐えられても、凍傷の上に過重をかけた足は引き裂け始め、そりを引けずば喰われるのが最後の「仕事」になるほどなのです。
さて、今作は郵便配達に出るショット、帰って来るショットの二つが連続するシーンがあるのですが、犬は全く同じ調子で到着します。旅の後半になるほど(保存食の重量分は減っているのに)荷を引く足取りは重くなり、野営から出発までの時間が長くなるものなのに、出かけたときとそっくり同じ軽い足取りで犬は帰って来るのです。
愛護団体のクレームで「今作において現実の動物は一切虐待されていません」と表記するのがマナーとなったこの頃ですが、フルCGだからこそ出来る表現もあるでしょう。あばら骨は浮き毛並みは荒れ、皮ひもで擦れ赤剥けた肩に凍傷で崩れた足…。そんな視覚的に「ク」るシーンがないから、単なる明るい冒険映画でしかありません。
⑤人間臭い犬
視覚的なヌルさに輪をかけて酷いのが、バックの人間臭いシーン。始めに述べたように、細かい動作に人間っぽさを加えるのは良いでしょう。でも、もろに「人間のように考えて行動する」場面を入れるのは別問題。
犬そり隊のリーダー犬スピッツとの戦いは映画版においては「ウサギとじゃれるorブチ殺す」という信じがたい理屈において発生します。ジョンがアル中なのを見て取れば酒瓶を隠す・ジト目で叱る手に打って出、ハルとの乱闘で致命傷をジョンが負った際は亡き息子の写真を傍らにそっと持ってきてやる…。あのさあ!よりにもよってジャック・ロンドンの映画化でこんな侮辱的な描写よく出来るね!!?
⑥結びに
良い自然映画は他にいくらでもあります。例えば『アポカリプト』。全ての動物が生存に全力を尽くします。或いは『レヴェナント』。熊にボコられ、生肉を食べ死体布団でブリザードを防ぐディカプリオが素敵。
一押しは前にも紹介した『アルファ 帰還りし者たち』。
https://magiclazy.diarynote.jp/201903302250599288/
一人の男と一匹の狼が過酷な自然に挑み、家路につくまでのロードムービー。今作より遥かに低予算ですが、満足感は段違いだと保証します。
感想 ぶっちぎりワースト。『9人の翻訳家』なんて目じゃない、怒りを覚えるクソ映画。
①犬可愛い
これは認めます。監督はクリス・サンダース。80年代に暗黒時代に陥ったディズニーを「美女と野獣」「アラジン」「ライオンキング」などの原案で復興させた人。「リロ・アンド・スティッチ」を監督し大ヒットさせたほか、ドリームワークスの下では名作の「ヒックとドラゴン」「クルードさんちの始めての冒険」を手掛けるなど、アニメ界のレジェンドです。
ジョン・ファブローの「ジャングルブック」「ライオンキング」に見られる通り、実写の人間と(役者の演じる)CGの動物を組み合わせる手法をディズニーは取ってきてますが、今作もその路線を踏襲。
ところが先2例に比べて、今作の動物はとても愛嬌があります。嬉しい時は跳ねるようにドタバタして動き、困る時は眉根を寄せ口角を半開きから少し閉じる。注意を向ける時は首を大きく反らし、飼い主の顔色を伺おうと目をきょろきょろさせる。ファブロー版の実写映画はリアル路線なだけに、元のアニメ映画が持っていたコミカルさを大幅に減じました。今作は意識的に差別化を図っていましょう。
動物の種類が少ないのもありますが、犬ぞり編でも犬種をばらけさせ個性を出すことに成功。実写「ライオンキング」のラストバトルにおける、「ライオンとハイエナがわちゃわちゃやってるけど見分けつかん」絵面とは雲泥の差です。
②ジャック・ロンドン作品の面白さ
ここからは原作について論じます。ジャック・ロンドンの代表作「白い牙」「野生の呼び声」において、(狼)犬は「思考」しません。犬にあるのは痛みと快感、経験と観察、突発的で原始的な感情だけで、その連なりで行動しています。この自然主義の極致とも言うべき文体だからこそ表現できること…それは生きることの厳しさです。
原作「call of the wild」において、様々な厳しさがあります。凍てつく大地、骨がひしゃげるそり引きの過酷さ、壮絶な飢え、食い殺さんと隊を襲ってくる狼や野犬…。自然の中には愛や思いやりなどの冗長さは存在しません(そり引きのブラック労働ぶりも、事業者たちが強欲なのではなく荷の重量と行程の最適効率なのです)。
何故ここまでリアリズムを突き詰めるのか。それはジャック・ロンドン自身の境遇が反映されているからです。彼は作家になる前、貧農・放浪・ゴールドラッシュ・乗組員など過酷な実体験をしてきています(アメリカの作家では「白鯨」のメルヴィルや「二十日鼠と人間」のスタインベックなども居る)。ゆえに、自然の中で生きる現実を彼は知っていた。
③改変=悪ではない
先に断っておくけれど、全て原作に忠実にしろとは言いません。尺の都合もあるし、時代の要請もあるでしょう。今作にだって良い改変は沢山あります。
一つはジョンとバックの邂逅。二人が一緒になる前に2度僅かな交流があることで再会が運命づけられます(どことなく『ベン・ハー』のジュダ×キリストを思わせる構図)。
ジョンが死ぬ下りを、インディアンによる虐殺ではなく強欲なゴールドディガー、ハンとの闘いにしたのも良改変です。こちらの方がサスペンス展開になるし、何より『ピーターパン』の土人描写が批判される時代に首狩り蛮族は出せませんからね。
しかし原作の、引いて言えば作家性の核とも言うべき要素をないがしろにする改変だけはありえません。
④イージー犬生活
先述した通り、そり引きは過酷です。寒さに耐えられても、凍傷の上に過重をかけた足は引き裂け始め、そりを引けずば喰われるのが最後の「仕事」になるほどなのです。
さて、今作は郵便配達に出るショット、帰って来るショットの二つが連続するシーンがあるのですが、犬は全く同じ調子で到着します。旅の後半になるほど(保存食の重量分は減っているのに)荷を引く足取りは重くなり、野営から出発までの時間が長くなるものなのに、出かけたときとそっくり同じ軽い足取りで犬は帰って来るのです。
愛護団体のクレームで「今作において現実の動物は一切虐待されていません」と表記するのがマナーとなったこの頃ですが、フルCGだからこそ出来る表現もあるでしょう。あばら骨は浮き毛並みは荒れ、皮ひもで擦れ赤剥けた肩に凍傷で崩れた足…。そんな視覚的に「ク」るシーンがないから、単なる明るい冒険映画でしかありません。
⑤人間臭い犬
視覚的なヌルさに輪をかけて酷いのが、バックの人間臭いシーン。始めに述べたように、細かい動作に人間っぽさを加えるのは良いでしょう。でも、もろに「人間のように考えて行動する」場面を入れるのは別問題。
犬そり隊のリーダー犬スピッツとの戦いは映画版においては「ウサギとじゃれるorブチ殺す」という信じがたい理屈において発生します。ジョンがアル中なのを見て取れば酒瓶を隠す・ジト目で叱る手に打って出、ハルとの乱闘で致命傷をジョンが負った際は亡き息子の写真を傍らにそっと持ってきてやる…。あのさあ!よりにもよってジャック・ロンドンの映画化でこんな侮辱的な描写よく出来るね!!?
⑥結びに
良い自然映画は他にいくらでもあります。例えば『アポカリプト』。全ての動物が生存に全力を尽くします。或いは『レヴェナント』。熊にボコられ、生肉を食べ死体布団でブリザードを防ぐディカプリオが素敵。
一押しは前にも紹介した『アルファ 帰還りし者たち』。
https://magiclazy.diarynote.jp/201903302250599288/
一人の男と一匹の狼が過酷な自然に挑み、家路につくまでのロードムービー。今作より遥かに低予算ですが、満足感は段違いだと保証します。
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