2D手書きアニメの新たな傑作、『ウルフウォーカー」を褒め倒す
2020年11月19日 映画
粗筋 中世アイルランド。イングランドから越してきた少女ロビンは、父親と同じ猟師になるのが夢。狼を狩るべく向かった森で、治癒の力を持つ少女メーヴと出会う。彼女の種族「ウルフウォーカー」は肉体が眠っている間、精神を狼に変えることが出来る。メーヴの母親モルはずっと眠ったままだが、狼となったモルは街の長、護国卿に囚われていた…。
①作品概説
アイルランドのアニメーションスタジオ、カートゥーンサルーンの最新作が10月末日本でも封切を迎えた。カートゥーンサルーンは制作した作品4本全てが、アカデミー賞アニメーション部門にノミネートされるほど実力のあるスタジオ。
今作は「ブレンダンとケルズの秘密」「ソングオブザシー 海のうた」に続く、ケルト3部作の完結作となる。
本作の設定はアイルランドの鄙町キルケニーの伝承と、アイルランドの狼の歴史をミックスしたものだ。キルケニーには、眠ると体は横になったまま精霊がそこから抜け出し狼になって彷徨う「ウルフウォーカー」という伝承がある。また、アイルランドの実際の歴史ではイングランド=ピューリタン支配が強まる中、異教のシンボルたる狼は積極的に狩られ、18世紀に絶滅した。
それらの設定を基に、カートゥーンサルーンらしい詩情溢れる画面で、過去作のどれよりもアクション・エンタメ性の増した物語が展開していく。
②2D手書きアニメの素晴らしさ
本作は街、自然、狼の目と3つの世界観が混在している。もうね、これがやべーの。
街の風景は直線と直方形の連なり。17世紀に広まった木版画をイメージしているため、線の太さ、かすれ、色と版のズレが再現されており、全体的に閉塞感を与える。
自然はその逆で、非対称的で曲線に溢れている。絵本の自然表現を真似たスケッチ風の背景が広がり、自由で有機的。
そして狼の目。メーヴにじゃれつかれ噛まれたことで、ロビンもウルフウォーカーに変わっていくのだが、狼に変わった彼女の感覚が視覚的に表現される。嗅覚は動物の持つ臭いが煙のようにたなびく様、聴覚は音が波紋となって広がり発生源が暫時浮かび上がる様で表現。五感が渾然となり森を疾走するシーンは映像、音楽、展開全てが素晴らしい。
異なるトーンが混在するアニメで言えば、「スパイダーバース」もあったけれど、今作は大部分が手書きの2Dアニメなんすよ。これがもう狂気。
疾走シーンでは3Dモデルを使用するけれど、基本は水彩画風の固定背景の中で、キャラクターが動くやり方。こう聞くとジブリが思い浮かぶけれど、トム・ムーア監督は最も影響を受けた作品として高畑勲の「かぐや姫の物語」を挙げている。感情の起伏によって線がゆらぎ、怒った時は粗い線が乱れる辺りも「かぐや姫の物語」を思い出させます。完成までに7年かかったのも納得の出来。
③複数の(対立)軸
画がスゲーだけのアート映画かというと、全くそうではない。歴史的且つ現代的なテーマを同時に複数扱っている。
街と森、それぞれが対照的な属性を持っている。イギリスとアイルランド、文明と自然、キリスト教と異教、男と女、支配と被支配…。ただ、その描き方が両極に分かれていないんですよ。ここが素晴らしい。
力関係で並べると、主要登場人物となるメーヴ、ロビン、ロビンの父ビル、護国卿の4人は護国卿>ビル>ロビン>メーヴとなります。上位の側は決して悪意ではなく正義感から「正しいこと」を下位の者へ押し付ける。護国卿はイングランドが体現するプロテスタンティズム、ビルは家父長的価値観、ロビンはメーヴの安全。護国卿は絶対的な強者ではあるけれど、ビル、ロビンは被抑圧者であると同時に抑圧者でもあるんです。
ポリコレリンチが吹き荒れる中、父親は悪である「べき」だし、少女は絶対に弱者である「べき」じゃないですか。そういった中でこの塩梅は非常にオトナですよね。
なら寧ろ、二極化ではなく細分化された階層社会ではないか?違うんですよ。対立ではなく調和こそが世界を救う…このテーマを決して台詞ではなく、アクションで見せてくれる。それが前述した「狼の目」です。
⑤共感と痛み:ウルフウォーカー設定
ウルフウォーカーに噛まれた者は、やがてウルフウォーカーになる。狼男、吸血鬼、ゾンビといったモンスターホラーでは定番のネタですが、今作が特異なのは、文字通り「世界の見方が変わる」んですよ。しかも、「噛む」という痛みを伴う行為によって(わざわざ非常に漫画的な痛みカットが挟まる)。他者視点と痛みによって、人は初めて共感出来るからです。
そして、それは護国卿も例外ではない。人と狼の全面戦争の中、護国卿は狼となったビルと対峙します。反撃の手も潰え、窮地に追い詰められた彼もまたビルに噛まれる。鎧越しとはいえ、ビルの牙からウルフウォーカーを示す暖かい光がゆっくり染み出し始めるが、護国卿は「この身を神の手に委ねん…」と自ら死を選びます。ビルと同じく彼にも選択肢が与えられたのに、最後まで他者の価値観を拒絶し続けたんですね。
過去作「ブレッドウィナー」にも「行動を変えられれば悪役もヒーローになりうる」テーマがあるが、今作はテンポの良いアクションの中できっちり収めています。
⑥アクション
それではアクションについて。先述した通り、狼の目の映像、手書き表現による生彩ある動きは素晴らしいです。でも、ここで特筆したいのはもっと大きな、構成的な見事さ。
護国卿の私室、広場、城壁、牧場、開墾地、森の入り口、獣道、登り坂、洞窟…。今作は街と自然の位置関係が非常に直線的に捉えられます。そして、メーヴと会った瞬間を始まりと捉えるならばロビンの冒険は、自然の深奥から街の深奥、そして自然の深奥へと戻る往復構造になっているんです。
この手の構造は「行きて帰りし物語」と呼ばれます。人が異界を訪れ出発点に戻る旅路の中で成長する。近年では「マッドマックス 怒りのデスロード」がその典型ですね。
自然と街の中間点である森の入り口で、旅の目的が「逃げる」から「目指す」に2度切り替わる構成は見事ですし、何より「前に出てきた何気ない要素が後々別の意味になる」反復と変化はまさに映画にしか無しえない演出でしょう。
⑦自然のヌルさ:欠点か、文化的狭量さか?
ここまで絶賛してきましたが、一つ引っかかる点があります。それは自然の恐ろしさが描かれていないところ。トムムーア監督は「ソングオブザシー」然り、自然を美しく抒情的に描きます。しかし、仮にも狼という極めてリアルな獣を扱う以上、襲われた家畜の死体どころか血の一滴も出ないのは違和感が湧きます。1度目観た際は「自然美化され過ぎじゃね?」とさえ思いました。
ただ、これは極めて日本的な価値観だと思うのです。本作のネットレビューで「『もののけ姫』に通じるものがある」という意見を多く見ますが、僕は似て非なる作品だと思います。「もののけ姫」の自然観はシシガミに体現されるように、豊穣と破壊両方をもたらすというもの。
それは古臭い神話や昔話のレベルではありません。数十年ペースで起きる大地震や、毎年のように起きる台風・豪雨被害で、現代を生きる我々も「自然がマジギレしたら文明社会は一たまりもない」という感覚に馴染んでいるのです。
⑧歴史の帰結、ノスタルジーとして
護国卿を倒し、ロビン、ベン、メーヴ、モルの4人は笑顔で新天地を目指して自然を旅する…。一見幸せそうなラストですが、現実のアイルランドと照らし合わせてみれば、それほど楽天的に捉えられるでしょうか。
アイルランドはイングランドの植民地になり、狼は絶滅し、自然崇拝はキリスト教に負け、男性優位は続いている…。歴史的には、自然が象徴する諸要素は全て緩やかに滅びていった。日本は「自然の方が強ェ」をシンプルに信じられる一方、(完全なる個人の邪推ですが)アイルランドはまた違った見方だと思う訳ですよ。
先ほど「もののけ姫」を挙げましたが、僕なりに似たジブリアニメを挙げるなら「平成狸合戦ぽんぽこ」ですね。「かぐや姫の物語」と同じくこれも高畑勲監督作です。環境破壊に怒る自然の精霊が決起し、全面戦争になる。一矢報い、その過程で美しい風景も見せるが、最終的には緩やかな衰退へと向かっていく。今作と類似点が多いです。
ぽんぽこのラストや、アイルランドの歴史も重ねて考えるならば、秘境の奥へと分け入っていく今作のラストにもまた哀感が増すのではないでしょうか。
⑨結びに
一言!鬼滅よりウルフウォーカー見ろ!
以上4千字評でした。
本編はドちゃメチャ良い映画なんだけど、パンフレットが余りに手抜きだったのが心残り。youtubeにあるファンミーティング、トムムーア×ロススチュアート×細田守の対談動画の方が無料なのに遥かに充実しているのはどうなんだ…w
①作品概説
アイルランドのアニメーションスタジオ、カートゥーンサルーンの最新作が10月末日本でも封切を迎えた。カートゥーンサルーンは制作した作品4本全てが、アカデミー賞アニメーション部門にノミネートされるほど実力のあるスタジオ。
今作は「ブレンダンとケルズの秘密」「ソングオブザシー 海のうた」に続く、ケルト3部作の完結作となる。
本作の設定はアイルランドの鄙町キルケニーの伝承と、アイルランドの狼の歴史をミックスしたものだ。キルケニーには、眠ると体は横になったまま精霊がそこから抜け出し狼になって彷徨う「ウルフウォーカー」という伝承がある。また、アイルランドの実際の歴史ではイングランド=ピューリタン支配が強まる中、異教のシンボルたる狼は積極的に狩られ、18世紀に絶滅した。
それらの設定を基に、カートゥーンサルーンらしい詩情溢れる画面で、過去作のどれよりもアクション・エンタメ性の増した物語が展開していく。
②2D手書きアニメの素晴らしさ
本作は街、自然、狼の目と3つの世界観が混在している。もうね、これがやべーの。
街の風景は直線と直方形の連なり。17世紀に広まった木版画をイメージしているため、線の太さ、かすれ、色と版のズレが再現されており、全体的に閉塞感を与える。
自然はその逆で、非対称的で曲線に溢れている。絵本の自然表現を真似たスケッチ風の背景が広がり、自由で有機的。
そして狼の目。メーヴにじゃれつかれ噛まれたことで、ロビンもウルフウォーカーに変わっていくのだが、狼に変わった彼女の感覚が視覚的に表現される。嗅覚は動物の持つ臭いが煙のようにたなびく様、聴覚は音が波紋となって広がり発生源が暫時浮かび上がる様で表現。五感が渾然となり森を疾走するシーンは映像、音楽、展開全てが素晴らしい。
異なるトーンが混在するアニメで言えば、「スパイダーバース」もあったけれど、今作は大部分が手書きの2Dアニメなんすよ。これがもう狂気。
疾走シーンでは3Dモデルを使用するけれど、基本は水彩画風の固定背景の中で、キャラクターが動くやり方。こう聞くとジブリが思い浮かぶけれど、トム・ムーア監督は最も影響を受けた作品として高畑勲の「かぐや姫の物語」を挙げている。感情の起伏によって線がゆらぎ、怒った時は粗い線が乱れる辺りも「かぐや姫の物語」を思い出させます。完成までに7年かかったのも納得の出来。
③複数の(対立)軸
画がスゲーだけのアート映画かというと、全くそうではない。歴史的且つ現代的なテーマを同時に複数扱っている。
街と森、それぞれが対照的な属性を持っている。イギリスとアイルランド、文明と自然、キリスト教と異教、男と女、支配と被支配…。ただ、その描き方が両極に分かれていないんですよ。ここが素晴らしい。
力関係で並べると、主要登場人物となるメーヴ、ロビン、ロビンの父ビル、護国卿の4人は護国卿>ビル>ロビン>メーヴとなります。上位の側は決して悪意ではなく正義感から「正しいこと」を下位の者へ押し付ける。護国卿はイングランドが体現するプロテスタンティズム、ビルは家父長的価値観、ロビンはメーヴの安全。護国卿は絶対的な強者ではあるけれど、ビル、ロビンは被抑圧者であると同時に抑圧者でもあるんです。
ポリコレリンチが吹き荒れる中、父親は悪である「べき」だし、少女は絶対に弱者である「べき」じゃないですか。そういった中でこの塩梅は非常にオトナですよね。
なら寧ろ、二極化ではなく細分化された階層社会ではないか?違うんですよ。対立ではなく調和こそが世界を救う…このテーマを決して台詞ではなく、アクションで見せてくれる。それが前述した「狼の目」です。
⑤共感と痛み:ウルフウォーカー設定
ウルフウォーカーに噛まれた者は、やがてウルフウォーカーになる。狼男、吸血鬼、ゾンビといったモンスターホラーでは定番のネタですが、今作が特異なのは、文字通り「世界の見方が変わる」んですよ。しかも、「噛む」という痛みを伴う行為によって(わざわざ非常に漫画的な痛みカットが挟まる)。他者視点と痛みによって、人は初めて共感出来るからです。
そして、それは護国卿も例外ではない。人と狼の全面戦争の中、護国卿は狼となったビルと対峙します。反撃の手も潰え、窮地に追い詰められた彼もまたビルに噛まれる。鎧越しとはいえ、ビルの牙からウルフウォーカーを示す暖かい光がゆっくり染み出し始めるが、護国卿は「この身を神の手に委ねん…」と自ら死を選びます。ビルと同じく彼にも選択肢が与えられたのに、最後まで他者の価値観を拒絶し続けたんですね。
過去作「ブレッドウィナー」にも「行動を変えられれば悪役もヒーローになりうる」テーマがあるが、今作はテンポの良いアクションの中できっちり収めています。
⑥アクション
それではアクションについて。先述した通り、狼の目の映像、手書き表現による生彩ある動きは素晴らしいです。でも、ここで特筆したいのはもっと大きな、構成的な見事さ。
護国卿の私室、広場、城壁、牧場、開墾地、森の入り口、獣道、登り坂、洞窟…。今作は街と自然の位置関係が非常に直線的に捉えられます。そして、メーヴと会った瞬間を始まりと捉えるならばロビンの冒険は、自然の深奥から街の深奥、そして自然の深奥へと戻る往復構造になっているんです。
この手の構造は「行きて帰りし物語」と呼ばれます。人が異界を訪れ出発点に戻る旅路の中で成長する。近年では「マッドマックス 怒りのデスロード」がその典型ですね。
自然と街の中間点である森の入り口で、旅の目的が「逃げる」から「目指す」に2度切り替わる構成は見事ですし、何より「前に出てきた何気ない要素が後々別の意味になる」反復と変化はまさに映画にしか無しえない演出でしょう。
⑦自然のヌルさ:欠点か、文化的狭量さか?
ここまで絶賛してきましたが、一つ引っかかる点があります。それは自然の恐ろしさが描かれていないところ。トムムーア監督は「ソングオブザシー」然り、自然を美しく抒情的に描きます。しかし、仮にも狼という極めてリアルな獣を扱う以上、襲われた家畜の死体どころか血の一滴も出ないのは違和感が湧きます。1度目観た際は「自然美化され過ぎじゃね?」とさえ思いました。
ただ、これは極めて日本的な価値観だと思うのです。本作のネットレビューで「『もののけ姫』に通じるものがある」という意見を多く見ますが、僕は似て非なる作品だと思います。「もののけ姫」の自然観はシシガミに体現されるように、豊穣と破壊両方をもたらすというもの。
それは古臭い神話や昔話のレベルではありません。数十年ペースで起きる大地震や、毎年のように起きる台風・豪雨被害で、現代を生きる我々も「自然がマジギレしたら文明社会は一たまりもない」という感覚に馴染んでいるのです。
⑧歴史の帰結、ノスタルジーとして
護国卿を倒し、ロビン、ベン、メーヴ、モルの4人は笑顔で新天地を目指して自然を旅する…。一見幸せそうなラストですが、現実のアイルランドと照らし合わせてみれば、それほど楽天的に捉えられるでしょうか。
アイルランドはイングランドの植民地になり、狼は絶滅し、自然崇拝はキリスト教に負け、男性優位は続いている…。歴史的には、自然が象徴する諸要素は全て緩やかに滅びていった。日本は「自然の方が強ェ」をシンプルに信じられる一方、(完全なる個人の邪推ですが)アイルランドはまた違った見方だと思う訳ですよ。
先ほど「もののけ姫」を挙げましたが、僕なりに似たジブリアニメを挙げるなら「平成狸合戦ぽんぽこ」ですね。「かぐや姫の物語」と同じくこれも高畑勲監督作です。環境破壊に怒る自然の精霊が決起し、全面戦争になる。一矢報い、その過程で美しい風景も見せるが、最終的には緩やかな衰退へと向かっていく。今作と類似点が多いです。
ぽんぽこのラストや、アイルランドの歴史も重ねて考えるならば、秘境の奥へと分け入っていく今作のラストにもまた哀感が増すのではないでしょうか。
⑨結びに
一言!鬼滅よりウルフウォーカー見ろ!
以上4千字評でした。
本編はドちゃメチャ良い映画なんだけど、パンフレットが余りに手抜きだったのが心残り。youtubeにあるファンミーティング、トムムーア×ロススチュアート×細田守の対談動画の方が無料なのに遥かに充実しているのはどうなんだ…w
コメント