裏切り合いコンゲーム!…ではない映画『騙し絵の牙』を結構褒める
2021年4月15日 映画
粗筋 辣腕社長が急逝し、跡目争いの勃発した老舗出版社「薫風社」。文芸一筋の守旧派宮藤常務と改革断行派の新社長東松の対立が激化する中、売上が低迷し続けるカルチャー誌「トリニティ」は廃刊の憂き目に遭う。
新編集長の速水は斬新なアイディアと確かな根回しによって雑誌の改革を実現。「小説薫風」と「トリニティ」間の引き抜きに端を発した社内抗争の結果、宮藤を追い落とす事態に。しかし東松派に見えた彼の真意は別にあって…?
地味だけど普通に面白かったんで紹介。
①作品概説と前置き
原作は「罪の声」などで評価の高い塩田武士による同名小説。主人公を大泉洋にあてがきされた原作が、このたび大泉洋ら実力派俳優が多数出演し映画化。
監督は「桐島、部活辞めるってよ」始め日本アカデミー賞常連の吉田大八。限定された空間での群像劇の名手として有名。
クソほど言ってきたけど、原作再現度、キャラ改変の多寡で映画を測る積りは一切ないっす。飽くまで映画単体の評価をします。…そういうの好きな人は鬼滅にでも行って?
②脚本面(大筋のネタバレあり)
「素晴らしき世界」評でも言いましたが
https://magiclazy.diarynote.jp/202103100151575242/
エンタメ映画の面白さの一つに、ジャンル変化があります。物語の筋は繋がりながらも、作品のトーンが変わっていくために飽きが来ない。
今作は大きく言えば「コンゲーム」ものですが、漫画原作のアレやTV劇場版のソレのようにはひとところに収まらない。
先代死後から廃刊危機に遭うまでの出だしは「サラリーマン」ものながら、速水が次々に奇手を打ち出してからは『幕末太陽傳』のような「手配師成り上がり喜劇」へ。しかし彼の独断専行が危険をはらみ出してからはサスペンスと化し、社内抗争に踏み切って以降はいよいよコンゲームが始まります。
守旧派を下し独裁を敷くかに思えた東松社長。しかし彼もまた速水の手のひらの上だったことが明らかになります。ここから再び「サラリーマン」ものへと回帰するのですが、聊か趣が違う。話の発端部は池井戸潤作品のような「社内・人間関係内で完結するマウント合戦」だったものが、終盤ではより広くシビアな色合いを増す。この点については、原作との比較絡めた話を後述します。
後半に行くほどシリアス一辺倒になるの?と問われれば答えはNO。社運を賭けた号の売上を見守る際にはファンタジー人間競馬(!?)が唐突に始まったり。公前での大博打をやり切り逃げるシーンではロメロ監督の『ゾンビ』もろオマージュが入ったり…と随所にユーモアも見えます。
③テンポの良さ
ジャンル転換を可能にするには、テンポの良さが不可欠です。
今作のテンポの良さには2つあり、一つ目が編集の抜群のキレ。中島哲也作品常連の技師と知りなるほど納得。
もう一点が美術・装飾のクオリティ。速水が成り上がっていく下りは伏線ポイントなので描写必須ながら、長々と尺を取るワケにもいかない。その中でリアリティが出るよう、実に手が込んでます。編集部のデスク周りや壁、ブックカフェの内装もさることながら、印象に残ったのは薫風社の出版物の数々ですね。
「小説薫風」の白無地タイトルの表紙はモロ「文藝春秋」だな、新生「Trinity」の文学×サブカル×グラビア表紙は「ダ・ヴィンチ」かな、謎の天才作家神座の文庫表紙絵は村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」辺りかな…と小ネタが仕込んである。
現実のイメージと二重写しになることで、すっと呑み込みやすい。ビジュアル的説得力は、小説には出来ない映画の強みですね。
④伏線回収
コンゲームである以上、意表を突く仕掛けは必須です。ですが、今作はどんでん返しそのものよりも伏線の丁寧さを評価したい。
https://magiclazy.diarynote.jp/202002282300477629/
https://magiclazy.diarynote.jp/202103180016269478/
上記2レビュー参考にして欲しいんですが、どんでん返しが後出しじゃんけんだったり、前後でキャラクターの脈絡が繋がらなくなるのは愚作です。一方の今作、2段構えのどんでん返しがあるのですが伏線も2段構え且つ破綻をきたしていない。
例を挙げましょう。若手小説家、矢代聖をプッシュすることになった「Trinity」誌。速水にイケメン青年路線で売り出され続け、本業そのもので評価されないことに矢代はいら立ちを募らせる。そこに宮藤常務は付け込み、一度は賞レースから外した彼を「小説薫風」で華々しくデビューさせようとする。しかし矢代は記者会見の席上、自分はゴーストライターであると暴露し薫風ブランドを地の底まで落とす。彼は速水の仕込んだスパイだった…という下りがあります。
一度目のどんでん返しのため、最初は速水に懐いていた矢代が徐々に彼を邪険にする仕草、Trinity内の内通者柴崎が速水に剣呑な目線を送るカットが仕込まれている。しかし同時に、2度目のどんでん返しのため矢代が自作への朱入れを申し込んで来る女性編集員をスルーするカットを序盤に(二度も!)仕込んであるんですよ。彼は作家面した役者なので文学の話をすればボロが出るからです。
どんでん返しの量や大きさを喧伝する賢しら映画って沢山あるじゃないですか?でも話の流れを止めず、後から見て改めて気づく自然な伏線を忍ばせる…そういうのが巧みなお話・演出なのでは?
⑤ラストの「騙し」
それではいよいよ、速水が仕掛けた最大の「騙し」の話に移りましょう。常務派を全て掌握し独走態勢になった東松の前に、前社長の息子惟高が現れます。彼はイチ読者として速水のファンになり内通していたと明かす。彼が東松に提示したのは海外資本との包括提携という名の買収。惟高と速水は先ず東松に常務派を潰させ、その東松を排除することで旧勢力を一掃する…という仕組みでした。
結局、小説薫風は廃刊、薫風社そのものも時間をかけ徐々に海外資本に吸収されていきます。「Trinity」誌は当分通販大手の独占買い取りの形で続くが、やがては電子オンリーの雑誌になっていく。
原作も映画も、最大のどんでん返しが速水による騙し。ですがそこには違いがあり、僕個人は映画の方が時流にあっている良いオチだと思っています。それでは両者を比べていきましょう。
⑥原作の騙し:業界変化
小説での速水は、Trinity誌の廃刊に抗えず退社…。しかし水面下では他業種から有能な人材を引き抜き、薫風社より魅力的な出版社「株式会社トリニティ」の社長として世に再び顔を出します。
労作だとは百も承知、企画の出発が2013年なのも分かった上で言いたいんですけど、このラストは個人的にちょっと古臭いかな…。ぼかして書くんですけど、原作の速水って幻●冬舎の見城●徹社長がモデルですよね?
元からバリバリの有能編集者だった人が起業、話題性と新奇さで書き手をかき集め、作家を作品ではなく人柄からプロデュースし、電子書籍に打って出る…。でもこれ、飽くまで新たな出版社の出現に留まっているんですよ。
⑦映画のラスト:業界構造変化
それでは映画はどうか。社長室談話のシーンでは「海外資本」と言いながら、Trinity編集部最後の会議シーンではちゃっかり「Amazon」の名を出しているように、薫風が身売りする相手はAmazonなのでしょう。実際、Amazonはここ数年で日本の出版業界を変えようと動き始めました。
劇中「独占買い取り」の言葉が出ましたが、Amazonは日本独特のシステム、「取次」を締め出し出版社から直接買い切り制を発表しました(まあ先行きは不透明ですが…)。
更に去年、書店に直に卸売りする事業を本格化するとも発表。出版社ー取次ー書店で成り立っていた業界システムごとぶち壊していく…。原作の「出版内での争い」よりも映画は「出版そのものを巡る争い」に話をシフトさせており、直近の時流に合ったアップデートであると思います。
⑧映画『騙し絵の牙』は、Amazonが支配するディストピアか?
それでは、20年後に出版社が全部Amazonに吸収されるかというと…素人考えですがそれは無いかと。(映画から脱線してちょいスンマセン!きちんと最後には話戻しますんで!)
約10年前、Amazon Kindleが日本上陸し電子書籍元年が叫ばれました。…が、2020~2021年現在、日本の電子書籍≒漫画であり、スマホ・タブレットで漫画アプリを通じて読む文化が定着しました。結局、電子書籍リーダーなど全く浸透しなかったのです(流石ガラパゴス!電子書籍の墓場!)。
或いは同時期、Amazonは「セルフパブリッシング」なるものを打ち出しました。今までは出版・取次・書店と中抜きされることで印税率は微々たるものでした。ところがAmazon様なら、著作を電子アップロードすれば全世界の人に直ぐ読んでもらえるんだ!印税率は驚異の70%!
当時、これで出版社は必要なくなるなんて論調もありました。…で、どうだったかは歴史が証明してます。ここ数年、Amazon以外でも電子書籍取次ビジネスが活発化していますが、あれは既に名のある作家が出版社の待遇に不満を持ち移籍するものです。
そもそもヒットは編集と宣伝=集権型インフラじゃないと無理なんです。Amazon kindle内でズブの素人がデビューし、ベストセラーまで駆け上がるのが当たり前になるなんてことは未来永劫ないです。
⑨グローバリズムとローカリズム
映画においても、速水は一人勝ちとはいきませんでした。薫風社の大改革で社を去った編集者、高野は実家の書店を継ぎ「出版も出来る書店」を立ち上げ。隠棲作家、神座に「復帰作は1冊三万円の超豪華本にさせてくれ」と持ち掛けます。最大効率化を図った速水とは正反対を取った高野。しかし神座は「難しいほど面白い」と快諾し速水の仕事をキャンセル。結果、このニッチ戦略は見事に成功し速水の鼻を明かすことになります。
インタビューで吉田大八監督が語るように、本作にはグローバリズムとローカリズムの背景がラストで立ち現れます。楽観視や誇張も承知のうえですが、(少なくともコンテンツ産業においては)ローカルが起死回生を成す余地もあるのではないか…。シビアさの中に、どこか希望の見える秀逸なラストだと思います。
⑩結びに
映画は(創作物全てに言えることですが)作者の手を離れ事象とシンクロすることがあります。『チャイナシンドローム』の公開直後にスリーマイル事故が起きたり。(構想から公開まで5年をかける)ディズニー映画で非白人文化を巡る作品が続いた時期に、トランプ大統領がアメリカを支配したり。
今作は(第一波で公開が1年延期したのを含め)コロナ禍とかち合った作品でした。コロナ禍はまさに、「業界内の食い合い」よりも「業界そのもの」を変える激震です。監督が「飲食業に限らずあらゆる業種に共通することではないか」と言うように、この映画は今の観客にリアルに届く。
「10年後も読み継がれる傑作」とは言いません。ですが「今観るべき」良作であるのは確かです。
はい、久々にたっぷり5千字評でした。Amazon~の下りでかなり膨らんだけど、構造変化の例でどうしても出さざるを得なかったので許してよろしこ!
新編集長の速水は斬新なアイディアと確かな根回しによって雑誌の改革を実現。「小説薫風」と「トリニティ」間の引き抜きに端を発した社内抗争の結果、宮藤を追い落とす事態に。しかし東松派に見えた彼の真意は別にあって…?
地味だけど普通に面白かったんで紹介。
①作品概説と前置き
原作は「罪の声」などで評価の高い塩田武士による同名小説。主人公を大泉洋にあてがきされた原作が、このたび大泉洋ら実力派俳優が多数出演し映画化。
監督は「桐島、部活辞めるってよ」始め日本アカデミー賞常連の吉田大八。限定された空間での群像劇の名手として有名。
クソほど言ってきたけど、原作再現度、キャラ改変の多寡で映画を測る積りは一切ないっす。飽くまで映画単体の評価をします。…そういうの好きな人は鬼滅にでも行って?
②脚本面(大筋のネタバレあり)
「素晴らしき世界」評でも言いましたが
https://magiclazy.diarynote.jp/202103100151575242/
エンタメ映画の面白さの一つに、ジャンル変化があります。物語の筋は繋がりながらも、作品のトーンが変わっていくために飽きが来ない。
今作は大きく言えば「コンゲーム」ものですが、
先代死後から廃刊危機に遭うまでの出だしは「サラリーマン」ものながら、速水が次々に奇手を打ち出してからは『幕末太陽傳』のような「手配師成り上がり喜劇」へ。しかし彼の独断専行が危険をはらみ出してからはサスペンスと化し、社内抗争に踏み切って以降はいよいよコンゲームが始まります。
守旧派を下し独裁を敷くかに思えた東松社長。しかし彼もまた速水の手のひらの上だったことが明らかになります。ここから再び「サラリーマン」ものへと回帰するのですが、聊か趣が違う。話の発端部は池井戸潤作品のような「社内・人間関係内で完結するマウント合戦」だったものが、終盤ではより広くシビアな色合いを増す。この点については、原作との比較絡めた話を後述します。
後半に行くほどシリアス一辺倒になるの?と問われれば答えはNO。社運を賭けた号の売上を見守る際にはファンタジー人間競馬(!?)が唐突に始まったり。公前での大博打をやり切り逃げるシーンではロメロ監督の『ゾンビ』もろオマージュが入ったり…と随所にユーモアも見えます。
③テンポの良さ
ジャンル転換を可能にするには、テンポの良さが不可欠です。
今作のテンポの良さには2つあり、一つ目が編集の抜群のキレ。中島哲也作品常連の技師と知りなるほど納得。
もう一点が美術・装飾のクオリティ。速水が成り上がっていく下りは伏線ポイントなので描写必須ながら、長々と尺を取るワケにもいかない。その中でリアリティが出るよう、実に手が込んでます。編集部のデスク周りや壁、ブックカフェの内装もさることながら、印象に残ったのは薫風社の出版物の数々ですね。
「小説薫風」の白無地タイトルの表紙はモロ「文藝春秋」だな、新生「Trinity」の文学×サブカル×グラビア表紙は「ダ・ヴィンチ」かな、謎の天才作家神座の文庫表紙絵は村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」辺りかな…と小ネタが仕込んである。
現実のイメージと二重写しになることで、すっと呑み込みやすい。ビジュアル的説得力は、小説には出来ない映画の強みですね。
④伏線回収
コンゲームである以上、意表を突く仕掛けは必須です。ですが、今作はどんでん返しそのものよりも伏線の丁寧さを評価したい。
https://magiclazy.diarynote.jp/202002282300477629/
https://magiclazy.diarynote.jp/202103180016269478/
上記2レビュー参考にして欲しいんですが、どんでん返しが後出しじゃんけんだったり、前後でキャラクターの脈絡が繋がらなくなるのは愚作です。一方の今作、2段構えのどんでん返しがあるのですが伏線も2段構え且つ破綻をきたしていない。
例を挙げましょう。若手小説家、矢代聖をプッシュすることになった「Trinity」誌。速水にイケメン青年路線で売り出され続け、本業そのもので評価されないことに矢代はいら立ちを募らせる。そこに宮藤常務は付け込み、一度は賞レースから外した彼を「小説薫風」で華々しくデビューさせようとする。しかし矢代は記者会見の席上、自分はゴーストライターであると暴露し薫風ブランドを地の底まで落とす。彼は速水の仕込んだスパイだった…という下りがあります。
一度目のどんでん返しのため、最初は速水に懐いていた矢代が徐々に彼を邪険にする仕草、Trinity内の内通者柴崎が速水に剣呑な目線を送るカットが仕込まれている。しかし同時に、2度目のどんでん返しのため矢代が自作への朱入れを申し込んで来る女性編集員をスルーするカットを序盤に(二度も!)仕込んであるんですよ。彼は作家面した役者なので文学の話をすればボロが出るからです。
どんでん返しの量や大きさを喧伝する賢しら映画って沢山あるじゃないですか?でも話の流れを止めず、後から見て改めて気づく自然な伏線を忍ばせる…そういうのが巧みなお話・演出なのでは?
⑤ラストの「騙し」
それではいよいよ、速水が仕掛けた最大の「騙し」の話に移りましょう。常務派を全て掌握し独走態勢になった東松の前に、前社長の息子惟高が現れます。彼はイチ読者として速水のファンになり内通していたと明かす。彼が東松に提示したのは海外資本との包括提携という名の買収。惟高と速水は先ず東松に常務派を潰させ、その東松を排除することで旧勢力を一掃する…という仕組みでした。
結局、小説薫風は廃刊、薫風社そのものも時間をかけ徐々に海外資本に吸収されていきます。「Trinity」誌は当分通販大手の独占買い取りの形で続くが、やがては電子オンリーの雑誌になっていく。
原作も映画も、最大のどんでん返しが速水による騙し。ですがそこには違いがあり、僕個人は映画の方が時流にあっている良いオチだと思っています。それでは両者を比べていきましょう。
⑥原作の騙し:業界変化
小説での速水は、Trinity誌の廃刊に抗えず退社…。しかし水面下では他業種から有能な人材を引き抜き、薫風社より魅力的な出版社「株式会社トリニティ」の社長として世に再び顔を出します。
労作だとは百も承知、企画の出発が2013年なのも分かった上で言いたいんですけど、このラストは個人的にちょっと古臭いかな…。ぼかして書くんですけど、原作の速水って幻●冬舎の見城●徹社長がモデルですよね?
元からバリバリの有能編集者だった人が起業、話題性と新奇さで書き手をかき集め、作家を作品ではなく人柄からプロデュースし、電子書籍に打って出る…。でもこれ、飽くまで新たな出版社の出現に留まっているんですよ。
⑦映画のラスト:業界構造変化
それでは映画はどうか。社長室談話のシーンでは「海外資本」と言いながら、Trinity編集部最後の会議シーンではちゃっかり「Amazon」の名を出しているように、薫風が身売りする相手はAmazonなのでしょう。実際、Amazonはここ数年で日本の出版業界を変えようと動き始めました。
劇中「独占買い取り」の言葉が出ましたが、Amazonは日本独特のシステム、「取次」を締め出し出版社から直接買い切り制を発表しました(まあ先行きは不透明ですが…)。
更に去年、書店に直に卸売りする事業を本格化するとも発表。出版社ー取次ー書店で成り立っていた業界システムごとぶち壊していく…。原作の「出版内での争い」よりも映画は「出版そのものを巡る争い」に話をシフトさせており、直近の時流に合ったアップデートであると思います。
⑧映画『騙し絵の牙』は、Amazonが支配するディストピアか?
それでは、20年後に出版社が全部Amazonに吸収されるかというと…素人考えですがそれは無いかと。(映画から脱線してちょいスンマセン!きちんと最後には話戻しますんで!)
約10年前、Amazon Kindleが日本上陸し電子書籍元年が叫ばれました。…が、2020~2021年現在、日本の電子書籍≒漫画であり、スマホ・タブレットで漫画アプリを通じて読む文化が定着しました。結局、電子書籍リーダーなど全く浸透しなかったのです(流石ガラパゴス!電子書籍の墓場!)。
或いは同時期、Amazonは「セルフパブリッシング」なるものを打ち出しました。今までは出版・取次・書店と中抜きされることで印税率は微々たるものでした。ところがAmazon様なら、著作を電子アップロードすれば全世界の人に直ぐ読んでもらえるんだ!印税率は驚異の70%!
当時、これで出版社は必要なくなるなんて論調もありました。…で、どうだったかは歴史が証明してます。ここ数年、Amazon以外でも電子書籍取次ビジネスが活発化していますが、あれは既に名のある作家が出版社の待遇に不満を持ち移籍するものです。
そもそもヒットは編集と宣伝=集権型インフラじゃないと無理なんです。Amazon kindle内でズブの素人がデビューし、ベストセラーまで駆け上がるのが当たり前になるなんてことは未来永劫ないです。
⑨グローバリズムとローカリズム
映画においても、速水は一人勝ちとはいきませんでした。薫風社の大改革で社を去った編集者、高野は実家の書店を継ぎ「出版も出来る書店」を立ち上げ。隠棲作家、神座に「復帰作は1冊三万円の超豪華本にさせてくれ」と持ち掛けます。最大効率化を図った速水とは正反対を取った高野。しかし神座は「難しいほど面白い」と快諾し速水の仕事をキャンセル。結果、このニッチ戦略は見事に成功し速水の鼻を明かすことになります。
Amazonのようなグローバル企業が成長する一方、生き残るために企業努力を重ねる出版社と同じく、小さな書店にも必死の戦いがあるはずです。…(中略)…そこで速水の裏事情を描かない代わりに、高野の背景に「リアルな場の存続をかけた問題」を置こうとしました。
インタビューで吉田大八監督が語るように、本作にはグローバリズムとローカリズムの背景がラストで立ち現れます。楽観視や誇張も承知のうえですが、(少なくともコンテンツ産業においては)ローカルが起死回生を成す余地もあるのではないか…。シビアさの中に、どこか希望の見える秀逸なラストだと思います。
⑩結びに
映画は(創作物全てに言えることですが)作者の手を離れ事象とシンクロすることがあります。『チャイナシンドローム』の公開直後にスリーマイル事故が起きたり。(構想から公開まで5年をかける)ディズニー映画で非白人文化を巡る作品が続いた時期に、トランプ大統領がアメリカを支配したり。
今作は(第一波で公開が1年延期したのを含め)コロナ禍とかち合った作品でした。コロナ禍はまさに、「業界内の食い合い」よりも「業界そのもの」を変える激震です。監督が「飲食業に限らずあらゆる業種に共通することではないか」と言うように、この映画は今の観客にリアルに届く。
「10年後も読み継がれる傑作」とは言いません。ですが「今観るべき」良作であるのは確かです。
はい、久々にたっぷり5千字評でした。Amazon~の下りでかなり膨らんだけど、構造変化の例でどうしても出さざるを得なかったので許してよろしこ!
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