2021年4~9月 印象に残った本 その3
2021年4~9月 印象に残った本 その3
 アメリカ編。

・実力も運のうち 能力主義は正義か? マイケル・サンデル
概要:「努力すれば報われる」社会…一見正しいように思えるが、生まれる家系・天与の才能に左右される点が見過ごされている。
 能力主義社会において「功利主義」は分断を生み出す。分断を防ぐため、社会が目指すべきは「共通善」ではないか、とサンデルは警鐘を鳴らす。

親ガチャ言説の火付け役。上野千鶴子の東大祝辞然り、「七光り」言説自体は他にもある。けれど『実力も運の~』は、類書にない魅力を2点持っているように思えた。

 一つ目は、思想史を踏まえている点。プロテスタンティズムが能力主義をもたらした、とサンデルは主張する。
マックスウェーバーが『プロテ~』で語るように、予定説を信仰していては日々の拠り所がなくなる。その不安を解消するために「労働に励めば、自分は救済される側に居ると実感出来る」との奇妙な論理が生まれた。ここに、労働が神の摂理と合一した。宗教改革の出発点である「能力主義の否定」が、覆ってしまったのである。
 この観点はなるほど目から鱗。

 2つ目は、情緒を強調している点。本書では「(彼らは)尊厳が傷つけられた」という表現がくどいほど繰り返される。
 経済格差そのものは、歴史の普遍現象だった。階級社会では能力と階級は必ずしも一致しないため、貴族は謙虚に、貧民は諦めが付いた。ところが能力主義社会では、経済格差は能力の差であり貧乏人は劣等人だと見做されるようになる。しかし学歴・財産は世襲として機能しており、階級社会は続いている。
 労働の尊厳を傷つけられた大衆は憎悪に満ち、社会の分断は広がる。従来正しい側だったリベラルへの鋭い批判を放つところに、本書の価値がある。



・世界と僕の間に タナハシ・コーツ
概要 白人国家アメリカにおいて、黒人が生きるとはどういうことなのか。15歳の息子へ向けて父親が送る手紙、という体裁で書かれた人種問題エッセイ。全米図書賞受賞作。

 良い意味でも、悪い意味でもこれこそが「アメリカのリベラル」だな…と感じた一冊。
 琳琅玉麗たる文章は、けちの付けようがない。具象的で詩のような言葉選び、五感に訴えかける情景描写、畳みかけて胸を打つ語調…。字を追うだけで、涙がこぼれてくる。

 でも内容そのものを、全肯定は出来ないとも感じた。
 先ず、活動家としての側面。コーツはゴッリゴリのブラックパンサー党の家系出身のせいか、黒人・白人を二元論として捉える。そのうえ、その対立には妥協も変化も一切認めていない。非常に狭隘。

 もう一つが、タナハシ・コーツ自身の半自伝的なもの書きスタイル。彼は「黒人であり」「ストリート出身だ」と、弱者を代弁する立ち位置で文章を書いている。しかし(上述した)能力主義社会アメリカという観点から本書を読むと、コーツは超絶勝ち組なのが分かる。これは(後知恵ではあるけど)読者に反感を与える要素だと思う。
 貧困地区とはいえ彼の家には膨大な蔵書があり、幼少期からクリティカルライティングの特訓を受けて育った。ドえらい文化エリートの家系なんですね。大学も名門ハワード大学へと進み、若くして活躍を始めるようになる。

 コーツは本書の中で白人を、「テレビに出てくるような、豪邸に住み、家具があり、社交に勤しむ人種」と繰り返し言っている。でも現実はどうだろうか。シングル家庭に生まれ、高校で職業準備コースを出た後は、レジ打ちやウェイトレスになるしかない層の方が遥かに多いのではないだろうか?
 そんな層が「白人は、黒人を殺すことでしか自我を保てない奴らだ」と罵倒してくる文章を読んだら。よりにもよって、その著者がエリート文化人なら…。憤るのではないだろうか?
 この本が評価された翌年にトランプが当選というのが、アメリカの分断をまさに象徴していると思う。



 続きます。『ディスタンクシオン』を月末までに読み終えられないので、今回で終わり。

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