喪失からの回復を描く映画『空白』をちょっと語る
粗筋 きっかけは、少女の事故死から。万引きを店長に見咎められた中学生は道に飛び込み、トラックに引き潰された。一人娘の花音を失った漁師は、頑として非を認めない。学校やスーパーに落ち度があったのではと疑う彼は、強行に走り出す…。


 結構ヘビーな映画でした。

①作品概説
 挑戦的な作品を作り続ける制作会社スターサンズと、強烈な人物を硬質なタッチで描く吉田恵輔が、再び手を組んだ。主演は演劇界でも存在感を放つ古田新太に、若手ナンバーワンの実力を持つ松阪桃李。

 今作は企画・制作の河村氏が"intolerance”と副題を打つように、「不寛容」を巡る物語です。娘を失った父親、仕事に忠実だった店長、正義感溢れるパート店員、文化祭に追われる担任…。それぞれが、役割の中で生きている。平時ならば何とか折り合いの付く筈だった人間関係が、余裕のなさゆえに擦り切れていく。決定的な悪人が居ない代わりに、誰かは誰かに対しての加害者となりうる不条理さを、今作は描き出しています。


②人物描写の妙
 罪と赦し、に関しては他の人もレビューしてるので、僕は違う観点で本作を語ろうと思います。今作には大きく3類型の人が居り、それぞれが喪失からの回復度合いが違う。しかも、事態を一番かき回す父親こそが救われるのに、胸糞悪い話にならない説得力がある。この人物描写の巧みさこそが、今作の魅力だと思います。


③父親、充(みつる):良き人
 暴言の絶えない父権主義者、直ぐに他人に突っかかる…。漁師の充はパッと見、典型的な昭和オヤジです。しかし彼は「有能」なんですよ。それが、物語のごく序盤の時点で既に示されている。
 娘との最後の晩、仕事相手との電話で一旦会話を打ち切るも、直ぐに元の話題に戻ろうとする。娘が品行方正だと信じる際は、「娘は学校について相談があった」「ならば、虐めがあったのではないか」「学校に問い合わせ、個別の生徒から犯人を割り出してやる」…と(バイアスありにせよ)論理的に考え行動出来る。
 
 彼は粗暴ゆえに周りと衝突する。しかし頭が冷えた後に自分を振り返る余裕は、実はある。それゆえに、自分を慕う漁師バディ、元妻に一旦は激昂するも、最終的には関係を修復することが出来た。


③パート店員、草加部:好(よ)き人
 充と対立するのは、店長の青柳ではなく、パート店員の草加部でした。彼女は率先してスーパーの切り盛りに動く。休日はボランティア活動に精を出し、青柳が世間のバッシングを浴びるや、矢面に立って守ろうとする。お節介な有能タイプなんですね。
 しかし、彼女は物事を二元論で捉えたがった。自分に賛同しない者は倫理的に劣った者としてレッテルを貼る。ボランティア仲間にはスーパーを守る活動への参加を強引に勧め、店長を責める充には暴言を吐きかける。
 彼女は充と違って、自分を改める度量がなかった。ゆえに、密かに恋慕していた店長に拒否された後は立ち直れなかった。


④青柳、花音:善き人
 巻き込まれ型スリラー映画において、主人公というのは「感情移入して、同情を寄せられる」造形なのが通例。ところが本作は、そこからズラしてある。これがニクい。
 青柳も、開始10分で死ぬ花音も、残酷な言い方をするならば「トロい」人間です。論理的に物事を説明出来ず、かといって他人の情緒を先読みも出来ず、そして哀しむべきは自分の感情を表出することさえ不得手。叱られれば萎縮し、挨拶されればどもるように返事をする。質問や頼み事をされても、曖昧な笑みを浮かべるだけ…。
 花音の死後、生徒や教師の言い分がとても印象的でした。「居ても居なくても変わらない」「虐めの対象になるほどの印象すらない」「何をやってもダメ」「頑張ろうとしても、頑張れない子じゃないか…と」。内気という括りよりも、境界知能や発達障害などの疑いがあるような、そんな子供。

 青柳にしても、祖母の諫言を受け流し、草加部の懇願を拒絶し、ドン底での提案にも返答を返さなかった。悪意や攻撃性がないのに、どんどん落ちぶれていく様にも哀しい必然性があった。


⑤「ヒメアノ~ル」とイルカの雲
 吉田監督の過去作に、「ヒメアノ~ル」というサイコスリラーがあります。原作漫画においては、殺人鬼森田は妄想と恬淡と会話する、超然とした異常者でした。しかし映画においては、ラストでトラウマが克服されます。致命傷を負い朦朧とする中で、最後に見るのは親友と遊んだかけがえのない時間…。
 僕は吉田監督作品には、こうしたちっぽけな救いが見えると思います。青柳にかけられる、顔も知らない(実は会っている)相手からのねぎらい。充が青空の絵を通して感じた、娘との繋がり。恐らく青柳は、青年の勧める弁当屋は開かない。花音に至っては、死んでしまっている。それでも、一片の救いだけは…と希求せずにはいられない。
 始まりはホラーやシュールギャグだったのに、最後に切なくなる…それが吉田作品に通底する魅力ではないでしょうか。


⑥結びに
 大分褒め調子だったんで、最後にちょっとクサします。「偏向報道するマスゴミ」「ネットによる中傷」、この2要素が流石に鼻に付きます。描写が先ずべたな上、こういう「純度100%の悪意」って、本作のメッセージ性と正反対ですよね?たぶん河村プロデューサーの意向なんでしょうけど、止めた方が良いですよ。映画が浅くなるんで。




 はい、2000字評でした。下半期の中では現状かなり上位の作品です。

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