難解ホラー『イット・カムズ・アット・ナイト』長文評
難解ホラー『イット・カムズ・アット・ナイト』長文評
難解ホラー『イット・カムズ・アット・ナイト』長文評
①粗筋
 山奥の邸宅で過ごすポール一家。「病気」にかかった祖父を安楽死させ、外ではガスマスクをし夜は厳重な戸締りをかけることで外部からの感染を防いでいた。
 ある夜、侵入者が現れる。ウィルと名乗る男は家族のために水を求めていると告げ、共存を求める。ウィル一家が家畜を連れてきたことでより豊かになった生活。だが開放厳禁の内扉が深夜開いていたことから、コミュニティーに亀裂が走り出す…。

②何かがこの夜をやって来る
 総指揮・主演はデビュー作「ギフト」で高い評価を受けたジョエル・エドガートン、制作スタジオは「ムーンライト」他先鋭的な作品を生み出し続けるA24。アメリカでは去年公開され批評家の受けは良い今作。最大の論点は「it/それ」とは何なのか?だろう。
 初手ネタバレをしておくと、「何か」は一度も出てこないし正体も明かされない。何度も「病気」という語は出され、廊下に掛かった絵がブリューゲルの「The Triumph of Death」であるように、何らかの感染症であるとは言われる。だが私はこの「病気=it」はメタファーであり、見た目通り受け取るべきではないと考える。理由を幾つか提示していこう。

③itは病原体なのか?
・防疫ガバ
 酷評レビューで多く見られたもの。会話を多少交わしただけのウィル相手にマスクを外し、ポリタンクに直に口つけて水を飲む。煮沸した湯で外出着を消毒することもしない。
 防毒マスク・手袋・赤い内扉は物理的に病原体を排除するものではなくお前を拒絶するという意思表示を意味するものと私は考える。だからこそポールは、ウィルに信頼を寄せる間はマスクを外し、疑い出してからはマスクを着けるのだ。
・感染者を見せない
 ポール一家の祖父バッドは冒頭で死ぬが、血色の悪さは老人としては普通だ。ウィル一家の息子アンドリューは感染するが、魘されだして以降は一度たりとも画面に顔を見せない。肌が真っ黒に壊死しボコボコと膨れる感染者のイメージは、ポール一家の息子トラヴィスの夢を通じてしか描かれない。
・感染者は「病死しない」
 これがメタファーであると考える最大の理由。バッドは冒頭で安楽死させられた。森にかけこみ感染したと思しき飼い犬は、ポールとウィルの手で殺された。ネタバレになるが、ウィル一家3人も感染者だと判断され処刑された。今作、誰一人として病によって死ぬ者は居ないのだ。

④Itの正体と二つの映画
https://gaga.ne.jp/itcomesatnight/(シークレットレビューの項)
http://news.livedoor.com/article/detail/15630730/
 公式サイトみたいに高尚ぶってはぐらかすのも愚かなので、私なりの解釈をはっきり言語化しよう。Itとは「悪(と他者が認識するもの)」である。見終わって浮かんだ映画が2本ある。「ヴィレッジ」と「イット・フォローズ」だ。
 「ヴィレッジ」は森の奥に怪物が居る、だから小さな村の中で無垢に生きて行こうという話だった。大人たちが演じる怪物を振り切り駆け抜けた少女は、森の果てに広がる現代社会を見て呆然とする…という話だ。あの怪物と今作のitは似たものではないだろうか?
 トラヴィスが何度もバッドの夢を見るように、思い入れのある祖父だったのだろう。ゆえに、義父であり異なる父権たる彼をポールは疎ましく感じたのかもしれない。アンドリューはトラヴィスと違い従順な子供ではない。夢遊病で内扉を開ける(=別の価値観を家の中に招く)彼を、ポールは感染者と見做した。ウィルの妻キムは若く性的魅力に溢れる。トラヴィスは彼女の胸や腿に目を遣り、夫婦の情交を盗み聞きしている。性に目覚めてしまった自分の息子まで、ポールは処分する。ラストシーン、ポール夫妻は互いを見つめる。その瞳は黒く染まり感染者の兆候を示している。我が子に手をかけてしまった自責と憎しみで、二人は視線を交わし合う。
 では、Itは無くすべきものなのだろうか?A24の大ヒット作「イットフォローズ」のスタッフは、今作に大きくかかわっている。「イットフォローズ」の監督デビットロバートミッチェルは、ついてくるものは「愛と生と死」であると説明している。人と関わって生きていく上で、決して逃れ得ぬもの。だからこそ覚悟して、共に歩んでいかねばならぬ他者性。ヴィレッジの元ネタはブラッドベリの短編「びっくり箱」なのだが、閉鎖社会を飛び出し外部を知った少年が叫ぶシーンで小説は閉幕する。”僕は死んだ。死んだんだ。死ぬのはうれしい。死ぬというのは、なんてすてきなことだろう!”

⑤メタファーの傑作たち
 ここまで書いてきてどうかと思うが、作品評価としては興味深い(interesting)が面白い(entertaining)とは言えないに落ち着く。理由を説明するために、メタファー映画の傑作を紹介しよう。
 50年代、宇宙人映画はアメリカに忍び込んだアカを意味していた。ロメロの「ナイトオブザリビングデッド」は黒人差別、「ゾンビ」は商業主義の奴隷を意味していた。これらの映画が優れているのは、裏の意味を読み解かずとも映像的に楽しめるところだ。怪獣が核の象徴だと分からずとも、本田猪四郎の「ゴジラ」は涙が出るほど素晴らしい。「イットフォローズ」だって、ババアが摺り足でにじる画がクソ怖い。

⑥「見せない」映画
 視覚的に怪物として現出させろ、という短絡的な発想ではない。ブツを見せないホラーはいくらでもある。「ねじの回転」は性的不満で苛立つオールドミスの狂奔ぶりが凄まじい。「ブレアウィッチプロジェクト」は後年「幽霊の出ないホラー」として批判されるが、異常な雰囲気で一行が散々に互いを罵り合うからこそ、あの映画は怖い。「10・クローバー・フィールド・レーン」は後半エイリアンパニックものに変わるが、前半の密室劇では「宇宙人が居ると言い張るだけの狂人ではないか?」というスリラーになっているのだ。
 上述した通り、怪物が出ない以上はサイコスリラー・サスペンスにならざるを得ない。「イット・カムズ・アット・ナイト」はそこの作りが上手くないのだ。

⑦サイコスリラー
 例えばItの恐怖を煽るのは森の風景や悪夢ではなく、人間の狼狽ぶりにするとかさ。
 サイコもので見せ場になる筈の決裂過程も上手くない。赤い扉を開けた犯人捜しをあっさり済ませたのはもったいない。そこは互いの家族の人格否定を滲ませながらネチネチ粗探しようぜ!
 あっさり「安全のために互いの居住空間を分けよう」としたのも味気ない。表面上は仲直りしていても会話の時に顔の位置をずらしたり、共有物を布越しに触れる描写を積み重ねた上で、決定的に断絶しなきゃ。このジャンルは胃がきしんでナンボでしょ!

⑧結びに
 本作は本国での一般客受けがクソ悪く、日本公開は一年遅れた。ミニシアター限定の「意識高い系」映画に分類されるが、ホラーとしてそこそこのレベルにあるのでもっと知られるべき作品だと思う。高尚ぶって言辞を弄したり、やっぱクソ映画だ死ねーと罵倒したり。何だかんだ語る幅のある、コスパの高さは間違いない。

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